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東京地方裁判所 平成7年(ワ)24573号 判決

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  原告の請求

一  原告と被告との間において、被告が、別紙物件目録(一)及び(二)記載の各土地につき賃借権を有しないことを確認する。

二  被告は、原告に対し、金二四九万九一八〇円及び平成八年三月一九日から別紙物件目録(一)及び(二)記載の各土地の明渡済みに至るまで毎月金五万四三三〇円の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、別紙物件目録(一)及び(二)記載の各土地(以下「本件土地」という。)の共有持分権者(持分五分の一)である原告が、他の共有者とともに本件土地を株式会社真理谷カントリー倶楽部(変更後の商号・株式会社真理谷。以下「真理谷」という。)に賃貸していたが、真理谷が右賃借権を譲渡担保によりオリックス株式会社(以下「オリックス」という。)に譲渡し、同社が右賃借権を被告に譲渡したところ、原告は右各賃借権譲渡を承諾していないと主張して、被告に対し、土地共有持分権に基づく本件土地の賃借権の不存在確認と、不法行為(不法占拠)に基づく損害賠償としてオリックスが譲渡担保の実行通知をした平成四年六月一九日から同八年三月一八日までの賃料相当損害金二四九万九一八〇円及び同月一九日から本件土地明渡済みまで毎月金五万四三三〇円の割合による賃料相当損害金の支払を請求している事案である。

一  争いのない事実及び証拠上明らかな事実

1 本件土地は、篠田恵子、篠田猛、篠田秀夫、座間洋子及び原告の五名(以下「本件共有者」という。)が、相続により所有権を取得し、持分各五分の一の割合で共有しているものである。

2 本件共有者は、昭和六〇年一〇月ころ、真理谷に対し、本件土地を、ゴルフ場用地として使用する目的で、期間同年同月一二日より同八〇年(平成一七年)一〇月一一日までの二〇年間、賃料年一〇八万五〇〇〇円(ただし、毎年一月末日限り当年分を支払う)、真理谷は借地権の質入、譲渡及び転貸等を一切してはならないとの約定で賃貸しこれを引き渡した(以下「本件賃貸借契約」という。また、本件賃貸借契約による真理谷の本件土地についての賃借権を「本件賃借権」という。)。

3 真理谷は、本件土地の周辺一帯の土地を賃借して、ゴルフ場用地として使用していたが、被告の親会社であるオリックスは、昭和六三年八月一二日、真理谷に対する貸金の担保として、本件賃借権を含む真理谷の右借地権の主要部分について譲渡担保権の設定を受けた。

しかるに、真理谷は、融資金の返済を怠ったため、オリックスは、平成四年六月一九日、真理谷に対し右譲渡担保権の実行通知をして、真理谷との間において本件賃借権を確定的に取得し、オリックスの一〇〇パーセント子会社である被告は、そのころ、オリックスから本件賃借権の譲渡を受けた。

4 篠田恵子及び篠田猛は、オリックスに対し、同年同月一〇日、本件賃借権が真理谷からオリックス又はその関連会社に譲渡された場合には、譲受人が賃借人となることを承諾した。また、篠田秀夫は、被告との間で、同年九月一〇日、本件土地についての同人の持分を目的とする新たな賃貸借契約を締結した。

5 被告は、本件共有者のうち、篠田恵子、篠田猛及び篠田秀夫に対しては、賃料を直接支払っているが、座間洋子及び原告については、賃借権の譲渡の承諾又は新たな賃借権の設定がなされておらず、賃料の受領を予め拒絶されているとして、賃料を供託している。

二  争点

1(一) 共有物を賃貸している場合、賃借権譲渡に承諾を与える行為は、共有持分権者全員の同意が必要な処分行為であるか。又は共有持分価格の過半数の同意があれば足りる管理行為であるか。

(二) 本件賃借権譲渡には賃貸借契約における信頼関係を破壊しない格別の事情があるか。

2(一) 追加的請求の許否。

(二) 不法行為の成否及び本件土地の持分についての賃料相当損害金の額。

三  原告の主張

1 被告は本件土地の賃借権を取得していない。

(一) 各共有持分権者間の利害関係を調整する民法二五一条及び同二五二条の趣旨に照らすと、民法六〇二条所定の期間を超えない賃貸借契約の締結は管理行為であるが、その期間を超える賃貸借契約の締結及び当該賃借権の譲渡の承諾については共有物の実質上の処分行為として持分権者全員の同意を要するというべきである。

しかるに、本件賃貸借契約の期間は二〇年であり、オリックス及び被告は本件土地の共有持分権者である原告から本件賃借権の譲渡についての同意を得ていないのであるから、被告が本件賃借権を取得していないことは明らかである。

(二) 被告の親会社であるオリックスは、真理谷に融資をするに際して、本件賃借権に質入譲渡禁止の約定があることを承知した上で、同社の有する本件賃借権に譲渡担保権を設定し、実行したのであるから、右賃借権譲渡には背信性があり、被告は本件賃借権の取得を原告に主張できない。

(三) よって、原告は、被告に対し、本件土地の共有持分権に基づき、被告が本件土地の賃借権を有しないことの確認を求める。

2 被告が篠田恵子、篠田猛及び篠田秀夫の承諾を得て本件土地を占有しているとしても、同占有は原告との関係では違法であり、不法行為となる。したがって、原告は被告に対し、本件土地の共有持分権に基づき、賃料相当損害金の支払を求める権利を有する。

本件土地の賃料相当額は、本件土地の時価が坪当たり六万円、一平方メートル当たり一万八一八一円であり、本件土地の面積は一万〇二五一平方メートルであるところ、年間の地代は概ね土地価格の一・五パーセントから二パーセントと考えられるから、その中間を採り一・七五パーセントとして計算すると、毎月五万四三三〇円が相当である。

(算式)18、181円/平方メートル×1・75パーセント=(約)381円/平方メートル

381円/平方メートル×10、251平方メートル÷5÷12月=(約)54、330・3円/月

よって、原告は被告に対し、オリックスが譲渡担保の実行通知をした平成四年六月一九日から同八年三月一八日までの賃料相当損害金二四九万九一八〇円及び同八年三月一九日から本件土地明渡済みまで毎月金五万四三三〇円の割合の賃料相当損害金の支払を求める。

四  被告の主張

1 被告は、本件土地の賃借権を取得した。

(一) 共有物の他人への賃貸は共有物の管理行為であり、処分行為ではない。

そして、被告は、本件土地の持分の過半数以上(五分の三)を有している共有持分権者である篠田恵子、篠田猛及び篠田秀夫から本件土地を賃借し、又は本件賃借権の譲渡についての承諾を得ている。したがって、被告は、本件賃借権を有効に取得している。

(二) 本件賃借権がオリックスの譲渡担保に供され、その譲渡担保権が実行された前後で、賃借人が真理谷から被告に変わったものの、本件土地の利用形態は全く変わっておらず、原告及び座間洋子には全く不利益がないため、本件賃借権の譲渡に背信性は認められない。

2 原告の賃料相当損害金の請求は、新たな争点を持ち込むものであって請求の基礎に変更があるというべきであり、かつ、これを判断するとすれば著しく訴訟手続を遅延させることになるから、許されない。

すなわち、本件土地の公簿面積は合計七七〇八平方メートルであるところ、本件土地賃貸借契約書末尾の「賃貸借物件の表示」欄によれば、本件土地の実際の面積は合計一万〇二五一平方メートルとされており一致せず、どちらが面積を正確に反映したものであるかが確定されない限り本件土地の賃料相当損害金を算出できないからである。

第三  当裁判所の判断

一  争点1(一)について

1 共有物を民法六〇二条所定の期間を超えて賃貸に供する行為については、賃貸人は長期間にわたって目的物の利用につき制約を受け、事実上共有物の権利の処分に近い効果を持つことに鑑み、処分の権限を有しない者は行えないと規定されている(民法六〇二条)から、共有物についての権利の処分と同視することができ、共有者全員の同意が必要であると解する余地があるというべきである。

しかし、仮にそうであるとしても、既に共有物につき共有者全員の同意により民法六〇二条所定の期間を超えた賃借権が設定されている場合において、右賃借権の譲渡について承諾する行為は、原則として共有者に格別の不利益を被らせるものではないから、右賃借権の譲渡が新たな賃借権の設定と同視され、それを承諾していない他の共有者の利益を格別に害するなどというべき特段の事情のない限り、共有持分の価格の過半数を有する共有者の同意があれば足りる管理行為というべきである。

2 これを本件についてみると、事案の概要記載の事実からして、本件共有者は、本件土地を真理谷に対し二〇年間の期間で賃貸する契約を締結してこれを引き渡し、その間の本件土地の占有及びゴルフ場用地として利用する権利を真理谷に付与したものであるが、本件賃借権の前記譲渡について共有持分の価格の過半数である五分の三を有する篠田恵子、篠田猛及び篠田秀夫の承諾があることが明らかである。(なお、被告は篠田秀夫の間では新たな賃貸借契約を締結するという形式を取っているが、その内容は契約書上はもとより現実の使用形態においても従来の真理谷との賃貸借契約とほぼ同一であることに照らすと、従来の契約を否定する趣旨ではなく、その契約内容を確認ないし追認し引き継ぐ趣旨であると認められ、賃借権譲渡の承諾と同視することができる。)

そして、本件全証拠によっても、前記特段の事情があることを認めるに足りる証拠は全くない。かえって、《証拠略》によれば、原告は真理谷に対し本件土地をゴルフ場用地として使用する目的で賃貸したところ、本件土地はその周辺の土地と共に真理谷が賃借していたころから現在まで一貫してゴルフ場用地として使用されており、その使用形態にさしたる変化は見られないこと、本件土地はその周辺のほとんどを右ゴルフ場の用地に囲まれており今後も本件土地の用途に変化が生じる可能性は著しく少ないこと、被告は篠田恵子、篠田猛及び篠田秀夫に対して賃料を支払っており、座間洋子及び原告に対しては賃料相当額を供託していること、被告はオリックスの子会社であり今後も賃料の支払を継続できる資力を有し、他の共有者の利益を格別に害するなどという特段の事情はないことが認められる。

したがって、真理谷からオリックス、オリックスから被告への本件賃借権の譲渡については、共有持分の価格の過半数の同意があれば足りるものというべきであって、右同意のあったことは前記のとおりであるから、被告は原告との間においても本件賃借権を有効に取得したものと認められ、原告の請求一は理由がない。

なお、本件賃借権につき、質入禁止の特約があり、譲渡担保の設定を受けたオリックスがその点について悪意であったとしても、右のとおり賃貸人の同意があったものであるから、右特約違背によって本件の結論が左右されることはないというべきである。

二  争点2について

1 記録によれば、原告の請求二の損害賠償請求は請求の追加的変更に当たるが、これを判断するために著しく訴訟手続を遅延させるものではなく、また、請求の基礎の同一性を欠くとも認められないから、右追加的変更が民事訴訟法二三二条一項に反し許されないとの被告の主張は採用することができない。

2 前記一の説示のとおり、被告は本件土地につき、原告との関係においても賃借権を有していることになるから、本件土地を占有権原なく不法に占有しているとはいえない。

したがって、その余の点につき判断するまでもなく、原告の請求二は理由がない。

三  結論

よって、原告の請求にはいずれも理由がなく、原告の本訴請求は棄却を免れない。

(裁判長裁判官 伊藤 剛 裁判官 市村 弘 裁判官 中村 心)

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